誤報の虚報化

誤報の虚報化とは、報道の一部分の誤報をとらえて全体を虚報化しようとする手法である。これは故意に問題の本質とその全体像を見失わせようとするもので、実質的にはペテン・ごまかしに近いものである。

誤報の虚報化は保守の論調の常套手段1)でもある。最近では、教科書の「侵略」記述問題と「悪魔の飽食」事件が代表的なものである。
NOTES
1) これ以外の保守の論調の常套手段としては、巧妙な「すり替え」を使って問題の本質を隠蔽すること、論理よりも情緒に訴えてその非論理性を隠蔽すること、社会問題を個人の道徳論・精神論に還元してしまうこと、などが代表的なパターンである。


教科書の記述への抗議事件

中国・韓国からの教科書記述についての抗議事件があった。この抗議は1982年に初めて行なわれた。そのきっかけは新聞の「誤報」だったが、ここで「週刊文春」「サンケイ新聞」などの保守勢力の側から、この一部の誤報をとらえて全体を虚報化しようとする動きがあった。

教科書の「侵略」を「進出」「侵攻」に書き換えさせるという政府・保守勢力からの圧力は長年続いたし、実際にもそのような書き換えは行われてきた。しかし、たまたま報道された年度に限っては、こういう書き換えをさせられた教科書はなかった。当時、ほとんどの教科書ではすでに「侵略」という語は、「進出」「侵攻」に変わっていたのである(書き換えさせられていた)。

これをもって、「週刊文春」「サンケイ新聞」などは、文部省による「侵略」の書き換えは一切なく、中国・韓国の抗議は「嘘」に基づいたもので理由がないとしたものである。


「悪魔の飽食」事件

森村誠一著「続・悪魔の飽食」(光文社)の巻頭の写真35枚のうち20枚が、この本の内容になっている関東軍第七三一部隊(石井細菌戦部隊)とは無関係だった。

1982年9月16日、これを「サンケイ新聞」がとりあげて連日にわたってキャンペーンのように追及したものである。それは該当する写真だけでなく本文をも否定し、石井部隊の存在をまるでなかったかのようにしようとするものであった。

添付された一部の写真の誤りだけを糸口にして、戦争中の日本の行動を隠蔽し、それを正確に追究することを避け、その事実を封印しよう(封印したい)とする「サンケイ新聞」の意図が見えてくる。

なお七三一部隊については、部隊長の石井四郎が京大医学部出身であったことから、医学部資料館に細菌兵器を開発していた旧日本軍七三一部隊を説明する展示パネルがある(京都新聞2014/05/20)。

- 2012/10/14 -

参考文献
新井直之「誤報の虚報化」(日本評論社「法学セミナー No.334」1982年12月号6~7p)。
常石敬一「七三一部隊 生物兵器犯罪の真実」(講談社現代新書)。



教科書検定における近隣諸国条項について下記のようなコメントがある。
NEWS BOX
この条項は81年度検定で「華北を侵略」が「華北に進出」に書きかえられたと朝日新聞を含む多くのメディアが報じ、中国などから抗議を受けてできた。実際は書きかえはなく、事実誤認から生まれた条項だとという見方が見直し論の背景にある。
誤報は反省しなければならない。ただ、「侵略」を「侵入」「進出」などに変えた事例はこの年や過去の検定で他にあったと文科省は説明している。
- 朝日新聞2013/04/02の社説 -
近隣諸国条項とは、教科書検定の基準のひとつとして、アジア諸国との近現代史の扱いについて、国際理解と国際協調の見地から必要な配慮をすることを求めるものである。最近の右傾化の流れの中で自民党がこの条項の見直し(削除)しようという動きがある。