古雑誌に見る北朝鮮

北朝鮮への拉致被害者の一部が日本に帰ってきてからもう10年である。それ以後、状況は停滞したままである。それに合わせたわけではあるまいが、「北で24年、絶望の拉致生活…蓮池薫さんが手記」(読売新聞2012/10/16)というニュースがある。蓮池さんは1978年7月、新潟県柏崎市の海岸で拉致され、恐怖と混乱と絶望の中で、警備隊と鉄条網に囲まれた山あいの「招待所」に収容されたという。この時代にはもう北朝鮮による拉致は日常化していたようである。

さて、昨日部屋の掃除をしたときに「下敷き」になっていた層から出てきた雑誌がある。そこには、1979年5月に8日間、北朝鮮を訪朝したという人が書いた「朝鮮の法と社会」という文がある1)。時期的には蓮池さんが拉致された時から10ヶ月ほど後のことになる。
NOTES
1) 金城睦「朝鮮の法と社会」(法学セミナーNo.296/1979年10月号)138~141p。

そこにはまるで北朝鮮の宣伝員であるかのような、北朝鮮賛美の言辞であふれかえっている。北朝鮮という国に感激し、手放しで賛美している。今これを読むとまったくもって白けてしまうような内容である。
八日間という短い滞在ながら、私たちは、朝鮮の先進的で総合的に花開く感じの社会主義建設の現状を目のあたりにし、非常に感激しました。

(北朝鮮の)憲法の規定と朝鮮社会の現実・実態とが一致しているという感じを深くするものでした。(中略)。(日本の場合は)憲法と現実とはあまりにもかけ離れています。国民の基本的人権の状態にしてもそうです。ところが、朝鮮の場合は、憲法と現実との乖離という現象がほとんどみられないのです。
日本はダメだが、北朝鮮の社会主義憲法や法律については、よくできていると感心する。北朝鮮では「チュチェ思想」が憲法の基本原則をなし、これが広く行き渡り、国内にはその効果が表れているとする。そのあと、金日成の「チュチェ思想」の解説をはじめる。
チュチェ思想とは、一口でいえば、主体をうちたてること、主人らしい態度をとることを意味し、すべてを人間中心にその自主主体性を強調する考え方です。
そして、「チュチェの国」「おしゃれの国」「緑したたる都市美の国」「発展した先進社会主義工業国」「チョンリマの国」「うたの国」「子どもを大事にする国」「少年非行のない国」「全国民のインテリ化をめざす国」「芸術の国」「音楽の国」などという、賛美が続いていく。読んでいると、北朝鮮はまさにこの世のパラダイス(楽園)である、と思ってしまうのである。

しかし、この人が見てきたものは、日本からの訪朝団というお客様用に仕立てられ、お膳立てされた「見聞」コースだけである。いわば、北朝鮮の「いいところ」ばかりを見せられてきただけである。北朝鮮は、そういう者が国に帰って北朝鮮賛美の報告をしてくれることを期待していたわけである。そして、まんまとその「お先棒」をかついでこんな報告を書いているのである。
朝鮮の社会主義建設は、政治・経済ばかりでなく、文化・教育・芸術等、人間のよりよい生活と幸せをきずくために必要なあらゆる分野において、総合的に展開し、花開いているという感じをつよくもったものです。
このように、この見聞報告のどの部分をみても、北朝鮮のいいところばかりが書かれているだけなのである。当時のある種の「進歩的文化人」と称される者が、日本人の北朝鮮に対する正確な認識を阻害し、甘い幻想を植え付けたと言われるのも、あながち間違いではないだろうと思われる。

もっとも、当時は北朝鮮がウラで日本人の拉致などをしていることは、日本の政治家はもちろん日本人は誰も知らなかった時代である。一概にこの人の「見る目のなさ」を非難することはできない。しかしそれでも、来客用(それも北朝鮮側から特別に選別された「客」である)に「いいところ」だけを見せているのではないかという疑いは持ってもよさそうなものだが、この見聞報告からはそういう批判精神はその片鱗もうかがえない。もう手放しで賛美なのである。

それにしても、その時代、かたや日本人を強制的に拉致しまくり、その一方ではおめでたそうな日本人を呼び寄せて自国の宣伝に巧みに利用する。表と裏の顔を巧みに使い分ける北朝鮮という国のしたたかさを今さらながら確認してしまうのである。

- 2012/10/16 -



高坂正尭「一億人の日本人」(文藝春秋)
ソ連、中国、北朝鮮かぶれの日本の「進歩的文化人」に対する古典的な批判がある。これは拉致問題発生以前の古い時代のものである。




北朝鮮と日本

安倍親衛隊の最右翼である北朝鮮の金正恩が援護射撃の祝砲ミサイルをまた打ち上げたという。この親衛隊長が行動を起こすと日本では特に右翼からの内閣支持率が上がる、安倍内閣もこの隊長を悪者に仕立てて支持率アップに利用する、というほどに密接な関係がある。
NEWS BOX
北朝鮮、「核兵器で日本を海へ沈め国連を廃墟に」と威嚇
北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会は14日の声明で、日本列島を核兵器で「沈める」と警告するとともに、最近の核実験に対する追加制裁決議を行った国連を破壊して「廃墟と暗黒」にすると威嚇した。
日本については「4つの列島でできた国は、主体(チュチェ)思想の核爆弾で海に沈めるべきだ。日本はもはや、わが国の近くに存在する必要がない」とした。
- ロイター通信2017/09/14 -
ありがたい「チュチェ思想」からみると、日本は海の藻屑として消えてしまうことになるようである。
- 2017/09/15 -


最近の訪問記

最近この種の訪問記として、まさのあつこ「ルポ「北朝鮮」と呼ばれる国交のない国・訪問記」(「世界」(岩波書店)2018年1月号)というのがあった。日本人も少しは北朝鮮に対して認識を持つようになったため、もう北朝鮮をこの世のパラダイスだとして手放しで賛美ということはしていない。この点では少し進歩があったようである。

経済制裁の効果か、内部的にはかなり厳しい情勢になっていることが伝わってくる。また、この中に出てくる北朝鮮の人が語る「一人の市民として」の意見がいくつか出てくるが、これが独裁政権の上層部のコピーではなく意外に普通のものだったのにはやや驚いた。外部からは特異な目で見られる北朝鮮だが、そこに生きる庶民は庶民なりに精一杯生きているようである。
- 2017/12/11 -