観光化に不向きな地名

松尾芭蕉の「奥の細道」の中に次のような俳句がある。
蚤しらみ馬の尿ばりする枕もと (芭蕉)
たしかに印象に残る俳句である。その昔、中学2年の国語の教科書で覚えたときには、この部分の「尿」は「しと」という読みだった。地図で見ると陸羽東線(奥の細道・湯けむりライン)の鳴子温泉駅と中山平温泉駅の間に「尿前」と書いて「しとまえ」と読む地名または「尿前の関」がある。ここから「尿」を「しと」と読むというのが以前の通説だった。しかし、今ではこれは「ばり」と読むようである。芭蕉がその読み方として「ばり」とルビを振っている本が見つかって以来その読み方になったという1)
NOTES
1) NHKラジオ第2「古典講読「奥の細道~名句でたどるみちのくの旅~」(29)による(2014/10/18)。

しかし、昨今の地名改称の流れの中では、こういう「品のよくない」地名があると観光業界には打撃になる。今ではこのあたりは「宮城県大崎市鳴子温泉」という大きな看板の中のローカルな地名としてひっそりと残っているようである。また、芭蕉の他の俳句と違って、この俳句を観光客誘致のために使うこともなかなか難しいだろう。「奥の細道」にあやかろうという観光業界も悲喜こもごものようである。

参考
尿前(Mapion地図)
参考/興味と関心のありか



「しと」という古語は芭蕉より前から存在するようである。
しと【尿】
小便。「この宮の御尿にぬるるはうれしきわざかな」[紫式部]
- 久松潜一 佐藤謙三 編「角川 新版 古語辞典」583p -

ばり【尿】
小便。ゆまり。「いばり」「ゆばり」
ばりをこ・く 小便をする。「ええこのほてっぱらあ、またばりをこきゃあがる」[滑・膝栗毛]
- 久松潜一 佐藤謙三 編「角川 新版 古語辞典」962p -
「ばり」というのは当時でいえば新しい語または口語だったのかもしれない。

- 2014/10/19 -