景気の実感

世間は好景気だ-正確には輸出企業中心の好景気-といわれる割には、社会全体にその実感が感じられないのはなぜか。この点について書かれたものに、伊東光晴「安倍経済政策を全面否定する 円安をひきおこしたものは何か」(岩波書店「世界」2018年5月号)という論稿がある。これは全体として、今の輸出景気は「アベノミクス」によるものではない、好景気の兆しはそれ以前から始まっていて、たまたまその時に安倍政権が成立したにすぎないということを指摘するものである。
  1. 為替を円安に導き、輸出企業に好景気をもたらしたのは年金基金の運用によるものである。
  2. 日本の株価を引き上げたのは、外国人の買いと年金基金の日本株買い、日銀の投資信託購入によるものである。
  3. 日銀の超低金の政策は、流動性のワナ1)を作り出し、財務省の予算編成を低金利で支えている2)
  4. 超低金利は銀行の経営を圧迫する。そのシワ寄せは庶民に回ってくる(通帳有料化・手数料値上げ・サービスの悪化など)。
  5. 企業の内部留保は大幅に増え、しかも国は財政赤字であるのに、大幅な企業減税を行なう予定である。そのシワ寄せは国民に回ってくる。
NOTES
1) 利子率が極端に下がると、人々は債券の値下がりを恐れて、貨幣で資産を持ち続けるようになり、貨幣供給が増しても、利子率は低下しない。利子率を引き下げて投資を拡大し、景気を回復しようという不況対策は機能しないこと
2) 国の借金(国債、借入金、政府短期証券)は1000兆円以上ある。たとえば金利が1%上がると国債の利払いが10兆円増えることになり、予算の編成は行き詰る。

さて、景気の実感が薄い原因について、この論稿では今の好景気と高度成長期の好景気とを比べて、彼此の労働組合の力量の差を指摘しているのが興味深い。
企業は業績悪化の時を考え、いつでも削減できるボーナスで利益を配分し、基本給の水準を抑えようとしている。この結果好業績は、その企業、その産業内で吸収され、他産業の企業に波及しにくくなる。これが、一九六〇年代の日本の高度成長期との違いである。
- 伊東光晴「安倍経済政策を全面否定する 円安をひきおこしたものは何か」(岩波書店「世界」2018年5月号85p) -
いわば、一点豪華主義(一時金方式)である。この方式は多くの企業でずっと前からとられていたように思う(ただしその起源は60年代ではない)。では1960年代はどうだったのか。
六〇年代は、総評が各労働組合を動員していっせいに賃金引上げを求めて経営者団体と対決し、生産性の上昇のないサービス業なども、製造業などの賃上げにひきずられて、賃金が上昇し、それを価格に転嫁した。
- 同書85p -
いわば、広く浅くの全体底上げ方式である。このような、賃金の上昇→コスト上昇→価格に転嫁できたのは、ひとえに労働組合の存在、広い意味では対抗力の存在、によるものである。
産業の中には、生産性の上昇が容易に達成できる産業とそうでない産業があるのは事実である。それにもかかわらず、60年代ではそういう対抗力の存在によって「生産性の上昇の成果が平等にわけられ」(同書85p)、社会全体にわたって底上げがなされたということである。
六〇年代と現在の違いのひとつは、この対抗力の有無である。労働組合の衰退、弱体化、労働者政党の崩壊である。
- 同書86p -
それにしても、60年代とは古い、今から50年以上も前のことである。古き良き時代だったといえば、そうだともいえる。2016年度の労働組合の組織率は17.3%である。その弱体化は顕著である。しかもその中心に位置する「連合」も官公労(公務員)と大企業労組が主体である。これでは全社会的な影響力を行使できることはないだろう。その意味では「衰退」といえる。

ところで、今は企業利潤は中小企業でも増加している。企業はカネをためこんでいる。しかし、社会全体にみると実質賃金は上がっていない。ここに好景気の実感がわかない原因、「貧困」感の根元がある。
労働分配率は、二〇一三年の七二・三%から二〇一五年六七・五%に低下している。いかに労働者の力が弱いかがわかる。そしてその背後には、社会の保守化がある。
- 同書86p -
「保守化」とは、ここでは自民党と同じような考え-いわゆる企業寄りの考え方-をする者が多くなったということである。それは、今の「連合」の考え方をみればよくわかる。企業あっての労働組合だ、企業と運命共同体だと考えている。自然に企業寄り、企業側の言いなりになって同調するようになってしまう。実質的には、労働者サイドに立った労働組合などないのと同じである。

たとえば、原発問題に象徴されるように、「連合」新潟県レベルであるが労働組合が自民党の支持をするなど、およそ以前では考えられないようなことが起こっていた。「原発」では「電力関連労組」のために思い切った方針がとれない。原発推進の自民党とほとんど同じになる。では、他の分野ではどうなるのか。たとえば、「脱石油(脱化石燃料)」ならば「石油関連労組」の横槍が入ってくるなども考えられる。企業利益の代弁をすることが多い「連合」依存体質の問題点である。「労働者政党」としては「崩壊」したといわれるのも無理はない。

しかし、政治の世界だけでなく、社会や経済の分野でも対抗力(countervailing power)の存在が必要である-それがなければ育てていく-ということである。そういうことを強く感じるところである。

- 2018/04/24 -