二人は毎晩のように三条とか四条というにぎやかな町を歩いた。時によると京極も通り抜けた。橋のまん中に立って鴨川の水をながめた。東山に出る静かな月を見た。そうして京都の月は東京の月よりも丸くて大きいように感じた。町や人にあきたときは、土曜と日曜を利用して遠い郊外に出た。宗助は至る所の大竹薮に緑のこもる深い姿を喜んだ。松の幹の染めたように赤いのが、日を照り返して幾本となく並ぶ風情を楽しんだ。ある時は大悲閣へ登って、即非の額の下にあお向きながら、谷底の流れを下る櫓の音を聞いた。その音が雁の鳴き声によく似ているのを二人ともおもしろがった。ある時は、平八茶屋まで出かけていって、そこに一日寝ていた。そうしてまずい河魚の串に刺したのを、かみさんに焼かして酒を飲んだ。そのかみさんは、手拭をかぶって、紺の立付みたようなものをはいていた。
- 夏目漱石「門」(角川文庫)140p -